2009年07月01日

ただの管

佐藤初女さんのお話をきいたのはちょうど八年近く前。

十五年ほど前に映画で拝見をして本当になんて方なんだと思いました。

ただ寄り添うだけ、ただごはんをつくって食べさせるだけ。

そうはいうものの、せっぱつまった人たちは深夜であろうと

相手の迷惑も顧みずにやってくるだろうに、決して断らない。

断るということを学ぼうとしていたところなのに

こないだ会った友人とはつめさんの話になってそんなことを

おもいだしたのでした。

 

八年前の当時、悩んでいたことも思い出した。悩んでいる人、悶々としている人を

前になにを言ってもだめなとき、こちらも参ってしまいそうになった。

 

あれから私は学んだのだろうかと思うけれど、はつめさんは

私の質問に答えてくださった。

「私はなにもできないんですよ、相手は自分の中に答えを持っておられるんですよ。

ただ寄り添うだけ。なにか私がしてさしあげようとするとこちらが参ってしまう」

 

ご自分がどうしようもなくなったときもはつめさんはただただ、なにか漬物かなにかを刻むそうです。

 

うちのおばあちゃんの俳句の中に、

 

生きるとは胡瓜ことこと刻むこと

 

というのがあるけれどまさに的を得た答えであり、

解決策というのはとんでもないセラピーにあるのでものなく、

本当に日常の中にあるのだなあ、

いつもより心をこめてはつめさんに習ったおむすびを再現してみたら、

こどもたちもいつもよりたくさんたべてくれました。

これをいつもいつもされているのは本当に自分の力ではないのだろうな。

おなじ神さまを信じている身としては本当に学ぶことが多い。

 

自分の力でしようとするから落ち込むし、自己否定してしまう。

私はただの くだ。

 

 

うちの畑の胡瓜もどんどん収穫。

胡瓜を毎日刻むたびにおばあちゃんを思い出しています。

 

 

posted by noka at 16:57| 滋賀 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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